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東京高等裁判所 平成12年(ネ)3939号 判決 2000年11月15日

控訴人

有限会社ジェイ・エス・アソシエーツ

右代表者取締役

桜井恵美里

右訴訟代理人弁護士

澤藤統一郎

被控訴人

第一商品株式会社

右代表者代表取締役

中島秀男

右訴訟代理人弁護士

肥沼太郎

三﨑恒夫

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、二七五〇万円及びこれに対する平成六年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを二分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。

五  この判決の二項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人の控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、五五〇〇万円及びこれに対する平成六年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審を通じて、被控訴人の負担とする。

4  仮執行宣言

二  控訴人の本訴請求の趣旨

右の控訴人の控訴の趣旨の2項と同旨

第二  本件事案の概要等

一  事案の概要

本件は、技術者である桜井潤治(以下「桜井」という。)が、勤務先の富士通株式会社を定年で退職した後に技術コンサルタントの事業を行うことを予定して、自らが代表者となって設立した有限会社である控訴人が、商品取引員である被控訴人に委託して行った商品先物取引によって損失を被ったことに関して、被控訴人の担当者に違法行為があったとして、被控訴人に対して損害賠償を求めている事件である。

本件における控訴人の請求の前提となる当事者間に争いのない事実関係等は、原判決の「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」の一の「争いのない事実等」の項の記載のとおりであり、控訴人は、平成五年九月三〇日から同六年七月一八日までの間に被控訴人に委託して行った大豆、小豆、ゴム、金等の商品の先物取引(本件取引)によって、合計で五三六九万余円を超える損失を被る結果となった。そこで、控訴人は、この損失は、控訴人に対して本件取引を勧誘するなどした被控訴人の従業貝に、欺瞞的な勧誘手段を用い、あるいは、必要とされる説明義務を怠るなどの違法行為があったことによって生じたものであるとして、被控訴人に対して、本件訴訟の提起、追行を依頼した控訴人訴訟代理人に対する弁護士費用相当額五〇〇万円を含めて、総計五五〇〇万円に上る損害の賠償を求めているのである。

二  当事者双方の主張

本件の争点は、専ら、本件取引の勧誘等に際して、被控訴人の従業員に不法とされるような行為があったといえるか否かの点にあり、この点に関する当事者双方の主張の内容は、原判決の「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」の二の「争点」の項の記載のとおりである。

要するに、控訴人側の主張によれば、桜井は、昭和六三年に被控訴人に委託して貴金属の先物取引を行って八か月ほどの間に約六〇〇万円もの損失を被ったことがあるため、これに懲りて、前回のような先物取引を行う気持ちを持っていなかったのである。ところが、桜井が、自宅の建て替えのための資金を有利な方法で一時保管しておくための方法として、元本が保証され利回りも確定しているという被控訴人の商品であるセーフティー・ゴールドの購入を申し込んだところ、被控訴人の担当者は、この申出に乗じて、このセーフティー・ゴールドへの投資資金を委託証拠金に流用して先物取引を行うことを勧め、第一トレーディング・システムを利用した先物取引であれば、従前の取引とは違って、安全で損失を被るおそれはないとする趣旨の欺瞞的な説明等を行って、控訴人を先物取引に引き込んだものであり、また、その後の本件取引においても、過大な取引への誘導や誤った情報の提供を行うなどの違法な行為を行ったというのである。

これに対し、被控訴人の側では、本件取引は、当初から、セーフティー・ゴールドを利用し、第一トレーディング・システムの指示による商品先物取引を行うという取引として、すべて桜井の意思と判断に基づいて行われたものであり、被控訴人の担当者の行為には、何ら違法とされるところはないものと主張している。

第三  当裁判所の判断

一  本件取引の経過等について

前記引用に係る原判決記載の当事者間に争いのない事実関係等のほか、関係証拠(甲四、乙一八、二〇、証人小野、同小林、同小原、控訴人代表者のほか、各該当箇所に掲げた証拠)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人と被控訴人との間での本件取引の経過等は、次のようなものであったことが認められる。

1  セーフティー・ゴールド及び第一トレーディング・システムの概要

本件において問題となっている被控訴人の商品であるセーフティー・ゴールドあるいは被控訴人の開発した第一トレーディング・システムというのは、概略次のような内容のものである。

まず、セーフティー・ゴールドというのは、金地金の先物取引における期近と期先の価格差に着目して、被控訴人が独自の金融商品として販売している商品である。このセーフティー・ゴールドの売買では、購入者(委託者)が先物取引市場で金の最も先の限月(この時点における金の先物価格は、取引開始時点における金の現物価格より高く決定されているというのが、当時の公設金市場における取引の実情であった。)の売玉を建てるとともに、受託者である被控訴人が委託者に対してその売値より安い値段で金の現物を売り、委託者は限月の納会日に金の現物を現渡しすることとなる。したがって、この取引では、その後の金の価格変動に関わりなく、あらかじめ委託者の得る利益が確定していることとなるから、これは、元本が保証されるとともに、その利回りも確定している金融商品ということになるのである。もっとも、この取引は、商品取引員である被控訴人にとっては、手数料の額も低額に固定されており、利益の少ないものであった。なお、セーフティー・ゴールドの年利回りは、平成三年七月の時点では八パーセント以上になっており、平成五年七月の時点でも五パーセント以上となっていた。(甲一の一、二、甲二、六の三)

次に、第一トレーディング・システムというのは、被控訴人の開発したテクニカル分析手法を活用したコンピューターによる売買情報システムである。このシステムでは、被控訴人において商品先物取引市場の相場に影響すると考えられる種々の要因を数値化してコンピューターに入力することにより、短期ないし中期的な将来の相場の動向を計算、予測して、売買判断の指示を出力するようにソフトが構築されている。その指示の内容は、銘柄ごとの売り買いの別、限月、売買条件等(指値等)が示されるものであり、不定期に月数回程度出力され、二回目以降は原則として両建ではなく途転を指示するものとされていた。このシステムの対象銘柄は、当初は金、小豆及び大豆の三銘柄であったが、その後、ゴムや白金等もこれに加えられた。また、利用者が多数になるとシステムがうまく機能しなくなることから、このシステムの利用者となるためには支店長の推薦が必要なものとされ、その利用者数及び取引数量を限定するものとされていた(甲三)。

2  桜井の経歴、資産関係等

控訴人会社は、大学の理学部を卒業しアメリカの大学院に留学して物理学を研究した経歴をも有し、電機会社に勤務する技術者である桜井が、勤務先を定年で平成六年に退職する後に技術コンサルタントの事業を行うことを予定して、妻と本人の両名を取締役とし、自宅を事務所として、昭和六二年に資本金一〇〇万円(その後の法改正により、平成八年一月には法律上の資本金の最下限額である三〇〇万円に増資)で設立した有限会社であるが、本件当時は何らの事業活動をも行っておらず、特に見るべき資産もなく、事実上桜井個人と同視されるべきような存在であった。

桜井の平成五年当時の年収額は約一〇〇〇万円であり(乙一五)、勤務先からの給与以外に特に収入はなかった。また、桜井は、勤務先の富士通株式会社の株式を社員持株会を通じて一〇〇〇株保有している外は、野村証券株式会社の投資信託を一〇〇万円ほど購入し、また、抽せんに当選してNTT株を一株購入したことがあるという程度の株式投資の経験を有しているにすぎないが、他方で、昭和六三年三月から一一月までの間に、被控訴人に委託して貴金属の先物取引を行い、その際の担当者の小林の助言に従った取引を行った結果、約六〇〇万円もの損失を被って、取引から撤退するという経験があった。

3  九月一一日及び二二日のやり取り等

(一) 平成五年夏ころ、桜井は、東京都世田谷区にあった自宅を売却し、横浜市で一人暮らしをしていた義母の家を建て替えて、そこで義母と同居することを計画し、右の新居の建築までの間、自宅の売却金の五〇〇〇万円をいったん銀行預金にして手元に保管することとなり、これを安全で利回りの高い預け先に預けることを考えていたところ、かねて被控訴人から桜井宛にそのチラシ等が郵送されてきていた(甲六の一ないし三)セーフティー・ゴールドが高利回り確定型の安全な金融商品であるとの触れ込みであったことから、これを購入することを思い立つに至った。

そこで、桜井は、同年九月一一日、被控訴人の神泉店に小林を訪ね、小林及び小野の両名と面談し、セーフティー・ゴールド三〇〇〇万円分の購入の希望を申し入れたが、その日の小林らの対応は、セーフティー・ゴールドの販売については枠が決められているので、上司に相談してみるといった趣旨のものであった。

その後、被控訴人からセーフティー・ゴールドの購入ができるとの連絡があり、同年九月二二日、桜井は、被控訴人の神泉支店に小林を訪ね、小林及び小野と面談した。当日は、いったん控訴人会社の名義で(購入者の名義を控訴人会社としたのは、その資金に充てる前記の預金のうち二〇〇〇万円が控訴人会社の名義に、一〇〇〇万円が桜井個人の名義に、残余の二〇〇〇万円がその妻の名義になっていたところ、控訴人からは、購入者の名義を一本化するようにいわれたことによるものであった。)三〇〇〇万円のセーフティー・ゴールドの購入契約の申込書を作成するまでになったが、被控訴人の側から、契約は現実に購入代金が納入される日に行うこととしたいといわれて、作成された申込書(甲七の一ないし三)を桜井が手元に持ち帰る結果となった。なお、その際、被控訴人の側からは、セーフティー・ゴールドの購入契約に際しては、それが形式的には金の先物取引に該当することとなることからして、商品先物取引契約を締結しておく必要があるものとの説明がされ、桜井は、控訴人名義の先物取引契約の約諾書(乙一)を被控訴人に差し入れた。これに伴い、商品先物取引委託のガイド(乙三)や受託契約準則(乙二)等の資料が桜井に交付されたが、先物取引に伴うリスク等に関しては、何らの説明も行われることがなかった(この先物取引に伴うリスク等について特段の説明を行わなかったことは、被控訴人の担当者である小野自身が、その陳述書(乙一四)で認めているところである。)。

(二) もっとも、この間の桜井と被控訴人側の担当者とのやり取りの内容について、被控訴人側の担当者である小林及び小野の両名は、その陳述(乙一四、一八)あるいは証言において、桜井に対しては、以前から小林が第一トレーディング・システムのパンフレット等を送付して先物取引を行うようにとの勧誘を続けてきており、桜井の側でも先物取引を行いたいとの意向で、右の九月一一日の面談が持たれたものであり、小林及び小野の両名は、この当初の面談の段階から、桜井に対して第一トレーディング・システムによる商品先物取引を併用したセーフティー・ゴールドの購入を勧誘していたものであるとしている。

しかし、前記のように、過去に被控訴人に委託して行った商品先物取引によって多額の損失を被るという苦い経験のある桜井が、当初の段階から、住宅の建替資金に供することの決まっていた資金を用いて再びリスクの高い先物取引を行いたいとする意向を有していたというのは、いかにも不自然なものというべきである。しかも、右の小林あるいは小野の証言は、右の九月一一日の面談の内容について、当初はそれが第一トレーディング・システムによる商品先物取引に関する説明を中心とするものであったとしながら、更に追及されると、セーフティー・ゴールドの購入に関するものであったかも知れないとするなどのあいまいなものであり、また、右の九月二二日のやり取りについても、当日いったん三〇〇〇万円のセーフティー・ゴールドの購入契約の申込書が作成されたとの、関係資料から動かし難いものと考えられる事実(右の九月二二日付けの、担当者として小野の押印までがされた申込用紙(甲七の一ないし三)が桜井の手元に残っていることからして、この日に右の申込書がいったん作成されたことは明らかなものというべきである。)をも否定する内容のものとなっていることなどからして、信用できないものというべきである。

これに対して、この間の事実経過が右に認定したようなものであったとする桜井の陳述(甲四)及び供述の内容は、例えば、右の九月一一日に桜井が被控訴人の神泉店に小林を訪ねるに至った経緯についても、前記の昭和六三年の取引の当時に小林が在籍していた道玄坂の本店にまず電話をしたところ、別の小林姓の社員に電話がつながってしまって話が通じず、その社員から小林が神泉店に転属となっていることを知らされて、改めて神泉店に電話することとなったことなど、本人が現実に体験したのでないと供述できないような具体的な体験をその内容に含んでいることからしても、その信用性が高いものと考えられるところである。

したがって、右の九月一一日から二二日に至るまでの桜井と被控訴人担当者との間でのやり取りは、右に認定したとおり、桜井の側では、右の住宅建替資金を有利に運用するための方策として、専ら利回りの確定した安全な金融商品であるセーフティー・ゴールドの購入を被控訴人に申し込む目的から行われたものであったことが認められるものというべきである。

4  九月二八日及び三〇日のやり取り等

(一) 桜井は、前記の九月一一日及び二二日の両日の面談の際にも、小林や小野から先物取引の再開を勧められたが、前回の失敗の経験で懲りていたため、この勧誘に応じる気持ちを持っていなかった。次いで、九月二八日に、桜井は再度被控訴人の神泉店を訪ねて打合せを行ったが、当日は、被控訴人の側では小林及び小野に加えて義国が加わり、相談の結果、桜井の側で、前記の預金のうち妻の名義となっていた二〇〇〇万円をも加えて、合計五〇〇〇万円のセーフティー・ゴールドを購入することとなった。その際、義国からも、セーフティー・ゴールドの資金をただ寝かせておくだけではもったいないから、これを第一トレーディング・システムの資金にして先物取引を行うようにとの勧誘があり、それまでに桜井に交付されていた解説書(甲三)の記載に基づいて、被控訴人の開発したコンピューター・システムである右のシステムを利用すれば、年間二〇パーセントから三〇パーセントの利益が得られ、しかも、リスクが分散されることから、極めて安全であるという趣旨の説明が行われた。

なお、右の解説書(甲三)には、「利益目的を年間丸代金に対して二〇~三〇パーセント、リスク限度を五~六パーセントに抑える目標でシステムの開発を進めてきた」、「過去八六年(昭和六一年)から九一年(平成三年)末までの実績では、利益回収率は八○パーセント(五回のうち四回)前後で、一年間平均の利益は一商品(一枚)当たり五〇~六〇万円(証拠金に対して六~七倍)となっている」、「あくまでも過去のデータによるシュミレーションなので、今後の市況動向によって思い通りのパフォーマンスが出ない場合や損切りが連続して起こる場合も考えられる。当社ではそのような場合を含めて、今後さらにシステムを改良し、成長させていく計画である」といった解説が記載されており、また、このシステムを利用するには支店長の推薦が必要であり、利用者数及び取引数量を限定しており、これを利用する場合には秘密の厳守を求める旨が記載されていた。

さらに、九月三〇日、桜井は、小林と共に銀行を回って五〇〇〇万円の預金を引き出した後、被控訴人の神泉店に赴き、セーフティー・ゴールドの購入手続を行ったが、応対した義国からは、被控訴人の都合で契約書の日付は一〇月一四日としてほしいと言われた。その際、義国は、前回と同様に、このセーフティー・ゴールドのための資金を利用して第一トレーディング・システムによる先物取引を行うことを桜井に勧め、これに対して、桜井が前回の失敗で懲りている旨を話すと、このシステムでは損失の最大幅を決めてストップをかけるので、前回のようなことは起こらないと言い、また、このシステムによる資産運用は実際は株式の投資信託のようなものであって、取引の内容は被控訴人側に任せてもらえばよく、ただ、一任売買が法律上禁じられているので、形式上はコンピューターの指示があるごとに注文を出してもらうこととなるなどと説明した。さらに、義国は、被控訴人においては、投資信託と同様に一任売買ができて、このシステムによる商品先物取引で資産の運用を行う商品ファンドという商品を申請中であるとして、その商品ファンドの説明書(甲五)を桜井に交付した。

このような説明から、桜井は、このシステムを利用した取引は、前回の通常の商品先物取引とは異なり、商品先物取引を利用したリスクの少ない資産運用方法であるものと考えて、セーフティー・ゴールドのための資金を利用して第一トレーディング・システムによる先物取引を行うことを承諾することとなった。その結果、原判決別紙売買一覧表の記載のとおり、早速、九月三〇日付けで大豆の新規の買い建玉が一五枚建てられ、また、その後、一〇月一四日及び一五日付けで、合計五〇四一万二〇〇〇円分のセーフティー・ゴールドの購入契約締結の手続が取られるに至った(乙一七の一、二)。

(二) この間の桜井との間でのやり取りの内容等についても、被控訴人側の小林は、その陳述(乙一八)及び証言において、桜井は、前記の九月二二日付けの控訴人名義の先物取引契約の約諾書(乙一)を、九月二八日に被控訴人に差し入れたものであり、その時点では、既にセーフティー・ゴールドのための資金を利用して第一トレーディング・システムによる先物取引を行うことを承諾していたものであり、義国が桜井と面談した趣旨も、既に第一トレーディング・システムによる先物取引契約を締結することが決まっていた桜井に挨拶等をすることにあったにすぎないなどとしている。

しかし、この九月二八日及び三〇日の両日の桜井と義国等との間でのやり取りの内容等が、右に認定したとおりのものであったとする桜井の陳述(甲四)及び供述の内容については、右のとおり、関係の書証による裏付けがあり、その供述等の内容も具体的であり、また、前回の先物取引での失敗の経験等の事実経過からしても、十分に肯ける内容のものであって、その信用性が高いものというべきである。これに対して、右の小林の陳述等の内容は、桜井の側の関心が当初から第一トレーディング・システムによる先物取引の方にあったとする点を強調しようとする作為が感じられるものであり、その内容自体にも不合理な点があり、信用し難いものとせざるを得ない。むしろ、右に認定したような事実経過からすれば、桜井からのセーフティー・ゴールドの購入の申込みに対して、被控訴人の側では、セーフティー・ゴールドのみの購入の申込みにはなかなか応じようとせず、この購入資金を利用して第一トレーディング・システムによる先物取引を行うように執拗な勧誘を行い、桜井がこれを承諾して初めて、セーフティー・ゴールドの購入の申込みに応じることとしたものであり、また、相場の変動による通常取引の損失額によってはセーフティー・ゴールド取引のために預託した証拠金が全額戻らないこともあることなどを控訴人が確認する内容の書面である「セーフティー・ゴールドを利用する先物取引の確認書」と題する一〇月一三日付けの書面(乙一六)も、いわば形式的に、これを控訴人から被控訴人に対して差し入れさせたにすぎないものであることがうかがえるものというべきである。

そうすると、右の両日のやり取りの内容は、右に認定したとおり、専らリスクのない安全な商品であるセーフティー・ゴールドの購入のみを希望している桜井に対して、被控訴人の側が、第一トレーディング・システムによる先物取引の場合は、前回の取引の場合とは異なり、リスクが少なく、確実に利益が得られる取引であるものと説明して、控訴人会社を本件取引に誘導するという内容のものであったというべきことになる。

5  本件取引の内容等

(一) 以上のような経過を経て、控訴人と被控訴人との間で、第一トレーディング・システムによる先物取引として本件取引が行われることとなり、原判決別紙売買一覧表の記載のとおり、平成五年九月三〇日から同六年七月一八日までの間に行われた大豆、小豆、ゴム、金及び金・白金のストラドル取引の各先物取引の最終的な結果としては、その委託手数料、税金を含めた差損益が五三九〇万五九一九円の損失勘定となるに至った。

この間の本件取引の具体的な方法は、被控訴人においては小原が主にこれを担当し、第一トレーディング・システムの指示が桜井の自宅にファックスで送信され、次いで担当者の小原から、電話で、具体的に銘柄と売り買い、建落ちの別、枚数についての指示があり、桜井がこの指示にそのまま従うという形で行われたものであり、実質的には、被控訴人の側にその具体的な取引の内容等を一任するというに近い内容のものであった。被控訴人からは、控訴人宛に、被控訴人が受注し成立した売買について、その数日後には委託売付・買付報告書及び計算書を送付して、取引内容の確認を求める手続が取られ、また、毎月一回、定期的に残高照合通知書が送付され、未決済建玉の内訳、値洗差金額、委託証拠金必要額、預かり証拠金額及び返還額等について照合を求める手続が取られていたが、桜井は、右のとおり、本件取引の内容を実質的に被控訴人の側に任せているという実情にあったことから、その内容等について特に異議等を申し出ることもなかった。また、取引に値洗い損が発生した場合に差し入れることが必要となる追加証拠金についても、被控訴人の側で預かっている形となっているセーフティー・ゴールドの購入に伴う五〇〇〇万円余の金額の範囲内で、これを被控訴人の担当者において、随時証拠金に用立てるという形が取られていた。

本件取引による損益の状況は、平成六年四月ころまでは低調なままに推移し、セーフティー・ゴールドへの全投入額との対比で約一五パーセント程度の損失を計上するという状態であったが、その後同年六月ころまでの間に、ゴムの値の急騰による売り建玉の損失が増加し、同年七月七日には、小原から桜井に対して、証拠金に不足が生じるに至ったとして追加資金の投入を求められることとなった。これに対し、桜井の側では、もはや全玉を手仕舞うべきではないかとの意見を述べたところ、小原からは、それでは元本を取り戻せなくなると言われ、桜井は、やむなく、小原から必要額として指示された一二一〇万余円を支払う結果となった。ところが、その後もこの損失が回復されることなく、最終的には、前記のとおりの損失勘定となるに至ったのである。

(二) このような本件取引の経緯についても、被控訴人側の小原は、その陳述(乙二〇)及び証言において、これらの各取引のうちの平成六年三月ころ以降のものの中には、桜井が第一トレーディング・システムの指示に従わず、自らが他から入手した情報に基づいて行ったものが含まれていたものとしており、確かに、例えば、原判決別紙売買一覧表記載の金・白金のストラドル取引は、右のシステムの対象には含まれていないものであったことが明らかなところである。

しかし、右の金・白金のストラドル取引については、被控訴人の小野が、これを小野の相場観に基づいて桜井に勧めたものであると陳述しているところであり(乙一四)、また、小原自身も、本件取引が開始されてから半年間くらいは、第一トレーディング・システムの指示どおりの取引が行われたことを認めているところである(乙二〇)。さらに、桜井の陳述(甲四、一七)及び供述によれば、桜井が第一トレーディング・システムの指示に従わなかったものとして小原の指摘する取引も、むしろ、小原の側が、右のシステムで指示されているのとは違った内容の取引を行うことを桜井に勧め、これに桜井が従ったにすぎないものであることがうかがえるものというべきである。

二  控訴人の被控訴人に対する請求について

1  控訴人の主張する本件取引の問題点について

(一) 商品の先物取引は、少額の委託保証金によって多額の取引を行うことができる投機性の高い取引であり、商品の僅かの値動きによって多額の差損益を生じ、損計算となった場合にも、取引を手仕舞いとしない限り損失が増大し続け、短期間のうちに巨額の損失を生ずる例も少なくなく、しかも、商品先物取引市場における相場は、商品の需給のバランスのみならず、政治、経済、為替相場等の複雑な要因によって変動するものであって、専門知識、経験を有しない一般の顧客にとっては、これらの相場の変動要因に関係する各種の情報を収集、分析、検討して、的確な判断を行うことは事実上不可能であり、勢い、専ら取引の専門家である商品取引員の提供する情報やその勧奨に基づいて取引に参入し、また、具体的な取引を行う以外にないこととなるものであることは、公知のところともいうべきである。このような商品先物取引の仕組みやその危険性等からすれば、顧客に対して取引を勧誘する商品取引員の側には、このような取引の仕組みや危険性を顧客が的確に理解できるように十分な説明を行い、また、その判断を誤らせるおそれのあるような判断の提供を厳に避けるという義務が、信義則上の義務として課されているものというべきである。

(二) ところで、本件取引を行った桜井の場合、前記認定のようなその学歴、経歴、資産状況、さらには、かつて被控訴人に委託して半年以上にわたって商品先物取引を行ったという経験を有している者であることなどからして、被控訴人の従業員らが桜井を対象者として本件取引への参入を勧誘したこと自体が、右のような被控訴人の商品取引員としての義務に違反するものであったとまですることは、困難なものというべきである。

しかしながら、被控訴人の従業員らによるその具体的な勧誘の方法、内容等をみると、前記のとおり、そもそも桜井は、九月一一日に被控訴人の小林を、新居の建て替えのための資金を当面安全な方法で保管するという目的から、被控訴人の販売する利回り確定型の安全な金融商品であるセーフティー・ゴールドを購入する目的で訪れたのであって、従前の先物取引による苦い経験やこの資金の用途等からして、この資金でリスクの高い商品先物取引を行うという意向を有していなかったのである。ところが、これに対し、被控訴人の側では、桜井の求めるセーフティー・ゴールドのみの購入にはなかなか応じようとせず、この資金を利用して同時に第一トレーディング・システムを利用した商品先物取引を行うことを執拗に勧誘し、しかも、前回の失敗で懲りているため先物取引を行う気持ちがないとする桜井に対して、今回の第一トレーディング・システムを利用した商品先物取引の場合は、リスクが少なく確実に利益が得られるものであり、前回の取引とは異なる内容の取引といえるものであるとする説明を行っている。すなわち、その際被控訴人の側から桜井に交付された第一トレーディング・システムの解説書(甲三)や商品ファンドの説明書(甲五)の記載内容からしても、この担当者による説明の内容は、このシステムを利用した取引は、これまで現に大きな利益を上げるという実績を残してきており、リスクの限度も設定されていて、いわば投資信託とも同視できるようなものであり、被控訴人側に具体的な取引の内容を一任しておけば足りるとするものであったことが認められるのである。

このような事実経過からすると、桜井は、このような被控訴人側の説明によって、今回の本件取引は、前回の商品先物取引とは異なり、リスクも少なく、具体的な取引の内容をもこのシステムに基づく担当者の指示に任せておけば足りるものと考えて、本件取引を開始することを決意したものと考えられ、被控訴人の側では、その後の本件取引の現実の結果からみられるように、本件取引が前回の商品取引の場合と同様に極めて大きなリスクを伴う取引であることを殊更に秘するだけでなく、むしろ、これにより確実に利益が得られるものとする断定的ともいえるような判断を提供することによって、控訴人を本件取引に誘導したものとみざるを得ないものというべきである。

そうすると、被控訴人の従業員によるこのような勧誘の在り方は、前記のような商品取引員としての信義則上の説明義務等に違反するものというべきであり、被控訴人には、このようなその従業員の不法な行為によって控訴人の被った損害を賠償すべき義務があるものというべきである。

(三) さらに、控訴人は、本件取引の具体的な内容についても、過大な建玉や無益な頻繁売買がみられ、また、特にゴムの取引に関しては、桜井に対して意識的に誤った情報を提供して控訴人を損失につながる取引に誘導した事実がみられ、さらに、被控訴人において、控訴人の本件取引における建玉と反対の多数の自己玉(向かい玉)を建てているなどの違法な点がみられるものと主張する。

確かに、原判決別紙売買一覧表に記載されているとおり、本件取引の内容として行われた各取引をみると、平成五年九月三〇日から同六年七月一八日までの一〇か月弱の本件取引期間中の新規の建玉の総数は、大豆が二一五枚、ゴムが四五〇枚、金が一八○枚、小豆が三〇〇枚、金・白金のストラドルが一五〇枚の総合計一二九五枚にも上っており、本件取引に伴う手数料の合計額も九二九万五〇〇〇円にも達している。また、その過程で、多数回に渡って両建や途転の方法が取られており、被控訴人の側で多数の向かい玉を建てている事実が認められることも、控訴人の主張にあるとおりである。さらに、桜井の陳述(甲四、一七)及び供述によれば、平成六年四月以降のゴムの売り建玉の処理に関する被控訴人の担当者からの指示の内容についても、当時の市場の動向等からして、理解できない節があることを否定できないところである。これらの事情からすれば、本件取引の具体的な内容についても、不明朗な点があることがうかがえるものというべきである。

しかし、被控訴人の側に不法行為があったとして、これによって生じた損害の賠償を求める控訴人の本訴請求については、既に先に認定したような被控訴人の従業員による違法な勧誘行為の存在自体からして、これを認容すべきこととなるものというべきであるから、更に本件取引の具体的な内容にも違法とされるような点があったものとみられるか否かの点については、これ以上に立ち入った検討を加えるまでの必要は認められないこととなる。

2  被控訴人の賠償すべき損害額等について

控訴人が被控訴人に委託して行った本件取引によって、控訴人が委託手数料及び税金を含めて合計五三九〇万五九一九円の損失を被る勘定となり、その結果、控訴人が、委託証拠金等として被控訴人に預託した合計六二五一万五七四〇円からその後被控訴人から返還を受けた八八二万二九二五円を控除した額に相当する五三六九万二八一五円の損害を被ることとなるものと考えられることは、前記引用に係る控訴人の主張にあるとおりである。

しかしながら、前記認定のような本件取引の経緯や控訴人の代表者である桜井の学歴、経歴等からすれば、控訴人が本件取引によって右のような損害を被る結果となったことについては、桜井の側にも落ち度があったことは否定できず、被控訴人側からの前記のような勧誘等に対して、桜井において更に慎重な対応を行い、冷静な判断を行っていれば、このような被害を回避し、あるいはその拡大を防止することが可能であったものと考えられるところである。この点に関する控訴人側の過失を考慮すると、本件において被控訴人が控訴人に賠償すべき損害の額は、二五〇〇万円にとどまるものとするのが相当である。

また、本件において右の被控訴人の不法行為との間に相当因果関係の認められる弁護士費用に相当する損害の額については、これを二五〇万円とすることが相当なものというべきである。

したがって、被控訴人の本訴請求は、二七五〇万円とこれに対する右の不法行為の後であることの明らかな平成六年九月一日以降の遅延損害金の支払を求める限度で、理由があることとなる。

第四  結論

以上によれば、控訴人の請求を全部棄却した原判決は失当であるから、控訴人の控訴に基づき、右の判断に従って原判決を変更することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官涌井紀夫 裁判官合田かつ子 裁判官宇田川基)

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